食品工場の建設は、企業の未来を左右する一大プロジェクトです。しかし、製造現場のプロであっても、建築に関しては
「何から始めれば良いのかわからない」「法規制や衛生基準が複雑で不安だ」と悩む方が少なくありません。適切な手順
とポイントを押さえずに進めると、使い勝手の悪い工場ができあがるだけでなく、予算超過や工期の遅れといった深刻な
トラブルを招く恐れがあります。
この記事では、数多くの工場建設支援に関わってきた経験をもとに、計画の立ち上げから完成までの流れ、HACCP対応の
設計ポイント、そして気になる費用相場までを網羅的に解説します。読み終える頃には、建設プロジェクトの全体像がクリ
アになり、自信を持って具体的な検討や業者選定に進めるようになるでしょう。
食品工場の建設プロジェクトは、思い立ってすぐに着工できるわけではありません。土地の選定や詳細な設計、関係官庁
への申請など、多くの工程を経る必要があります。ここでは、プロジェクト全体を俯瞰し、各フェーズで発注者が何をす
べきかを具体的に解説します。
1.構想から稼働までは1年半から2年を見込む
一般的な規模の食品工場建設には、プロジェクトの始動から実際の稼働開始まで、およそ1年半から2年程度の期間が必要
です。この期間はあくまで目安であり、工場の規模や導入する設備の複雑さ、行政協議の進捗状況によって前後します。
以下の表は、標準的なスケジュールの目安と各工程の主な内容を整理したものです。

スケジュール管理で最も重要なのは、余裕を持った計画を立てることです。特に、天候による工事の遅れや、生産設備の
納期遅延は頻繁に起こり得ます。稼働開始のデッドラインが決まっている場合は、逆算してさらに早めに動き出す必要が
あります。無理な短縮は施工不良や安全事故の原因となるため、このタイムラインを基準に社内の合意形成を図ってください。
2.コンセプト設計で工場の将来像を固める
建設プロジェクトの成否は、最初の「基本構想(コンセプト設計)」で8割が決まると言っても過言ではありません。ここでは、
単に「新しい建物を作る」ことではなく、「どのような価値を生み出す工場にするか」を定義します。具体的には、生産品目、
生産量、ターゲットとする市場、将来の事業拡大の可能性などを詳細に言語化する作業です。
コンセプトが曖昧なまま設計に進むと、後から「あれも必要、これも必要」と要望が追加され、設計変更が繰り返される原因
になります。これはコストの増大とスケジュールの遅延に直結します。経営層、製造部門、品質管理部門などが一堂に会し、
「絶対に譲れない条件」と「あったら良い条件」を明確に区分けし、優先順位をつけておくことが不可欠です。この段階で固
めたコンセプトが、その後のすべての判断基準となります。
3.基本設計と実施設計で詳細を決定する
設計フェーズは大きく「基本設計」と「実施設計」の2段階に分かれます。基本設計では、コンセプトに基づいて建物の配置、
各部屋のゾーニング、人や物の動線といった大枠を決定します。この段階で、概算の工事費を算出し、予算内に収まるかどう
かの検証を行います。
基本設計で大枠が固まったら、実施設計へと進みます。ここでは、壁や床の具体的な材質、照明の配置、排水溝の位置、空調
設備のスペックなど、施工に必要な詳細情報をすべて図面に落とし込みます。実施設計図が完成して初めて、建設会社から精
度の高い最終見積もりを取得できます。
また、この段階で保健所や消防署などの関係官庁と事前協議を行い、法的な基準を満たしているかどうかの確認を徹底的に行う
ことが、後のトラブルを防ぐ鍵となります。
2021年6月から日本国内のすべての食品等事業者にHACCPに沿った衛生管理が義務化されました。新設する食品工場において、HACCPの
考え方に基づいた設計は「推奨」ではなく「必須」です。ハードウェア(建物・設備)の段階で衛生管理のしやすさを組み込ん
でおくことで、日々の運用負担を大幅に軽減できます。
1.交差汚染を防ぐ動線計画を徹底する
食品工場の設計において最も重要なのが、人、原材料、製品、廃棄物の動線を整理し、交差汚染(クロスコンタミネーション)を
防ぐことです。基本原則は「一方通行」の流れを作ることです。原材料の搬入から製造、包装、出荷までが後戻りすることなく流
れるレイアウトにすることで、汚染度の高いものと低いものが接触するリスクを物理的に排除します。
動線計画では、作業員の動きも重要です。例えば、汚染区域(下処理室など)で作業した従業員が、着替えや手洗いを経ずに清潔
区域(充填室など)へ移動できないような物理的なパス(通路)や入退室管理システムを設けます。また、廃棄物の搬出ルートが
原材料の搬入ルートと重ならないように設計することも必須です。
図面上でのシミュレーションだけでなく、実際の作業風景を具体的にイメージしながら動線を検証することが求められます。
2.作業エリアのゾーニングを明確にする
工場内を汚染レベルに応じて明確に区分けする「ゾーニング」は、衛生管理の基礎です。一般的には、汚染作業区域(入荷・下処理)、
準清潔作業区域(加熱・加工)、清潔作業区域(冷却・充填・包装)の3段階以上に分類し、それぞれのエリアを壁や扉で物理的に
区画します。

各ゾーンの間には前室(サニタリールーム)を設け、手洗い、消毒、エアシャワーなどを通過しなければ移動できな仕組みを作ります
さらに、空気の流れ(気流)も重要です。
清潔区域を陽圧(プラス圧)に保ち、汚染区域に向かって空気が流れるようにすることで、空気中の浮遊菌や埃が清潔区域に侵入
するのを防ぎます。
3.清掃しやすくカビや埃を防ぐ内装を選ぶ
HACCPの運用を成功させるためには、「汚れない」だけでなく「汚れてもすぐに清掃できる」構造であることが重要です。床、壁、天
井の材質選びは、工場の寿命と衛生レベルに直結します。床材は、耐水性、耐熱性、耐薬品性に優れ、かつ滑りにくい素材を選定す
る必要があります。ひび割れが起きにくい塗り床材などが一般的です。
壁と床の接合部にはR加工(曲面加工)を施し、隅に汚れや水が溜まらないようにします。また、天井裏は埃やネズミ・昆虫の温床に
なりやすいため、可能な限り配管やダクトを露出させない、あるいは点検口を設けて清掃しやすい構造にします。
照明器具もカバー付きのものを選び、万が一破損しても破片がラインに落下しない対策が必要です。細部へのこだわりが、異物混入
事故を防ぐ最後の砦となります。
建設プロジェクトを進める上で、最も気になるのが費用です。しかし、食品工場は一般的な倉庫やオフィスビルとは異なり、製造す
る品目や衛生レベルによって必要な設備が大きく異なるため、一概に「坪いくら」と言い切るのが難しい性質があります。ここでは、
費用の目安となる考え方と、予算管理のポイントを解説します。
1.坪単価は仕様により大きく変動する[佳早3.1]
食品工場の建設費を表す際によく使われる「坪単価」ですが、これはあくまで目安に過ぎません。一般的なドライ環境の工場と、高
度な衛生管理が求められる惣菜工場やクリーンルームが必要な工場では、坪単価に2倍以上の開きが出ることもあります。以下の表は、
工場のタイプ別による大まかな坪単価の目安です(※近年の資材高騰を考慮した推定値)。

この坪単価に含まれるのは通常、建物の躯体工事、内装工事、基本的な電気・給排水設備工事までです。生産ラインの機械設備、特
殊な排水処理施設、受変電設備などは別途費用がかかるケースが大半です。見積もり比較をする際は、単価の安さだけでなく、「何
が含まれていて、何が含まれていないか」という見積条件を細部まで確認することが不可欠です。
2.イニシャルコスト以外に維持費も考慮する
建設費用(イニシャルコスト)を抑えることは重要ですが、完成後にかかる維持管理費(ランニングコスト)を軽視すると、長期的
な経営を圧迫します。例えば、安価な断熱材を使用すれば建設費は下がりますが、冷暖房効率が悪くなり、毎月の電気代が跳ね上が
る可能性があります。
同様に、床材や壁材の選定も重要です。耐久性の低い安価な材料を選ぶと、数年で剥がれやひび割れが発生し、修繕費用がかさむだ
けでなく、修繕工事のために工場の稼働を止めなければならないという機会損失も発生します。
照明のLED化、高効率空調の導入、節水型設備の採用など、初期投資が多少高くても、10年、20年というスパンで見ればトータルコス
トが安くなる選択肢を検討すべきです。ライフサイクルコスト(LCC)の視点を持つことが、賢い投資の条件です。
3.補助金や優遇税制を積極的に活用する[佳早4.1]
食品工場の新設や増改築には、国や自治体からの補助金が活用できる場合があります。特に、省エネ設備の導入、生産性向上に寄与
する設備の導入、地域経済への貢献(雇用創出など)を目的とした事業には、手厚い支援制度が用意されていることが多いです。
代表的なものには「新事業進出補助金」(2025年度から開始、事業再構築補助金の後継)や「ものづくり補助金」などがありますが、
これらは募集時期や要件が頻繁に変更されます。また、建設地となる自治体が独自の企業立地助成金制度を設けているケースもあり
ます。これらの申請には、着工前の手続きが必要な場合がほとんどです。
設計段階から、建設会社や税理士、金融機関に相談し、活用できる制度がないかを調査・検討リストに加えてください。数千万円単
位のコスト削減につながる可能性も十分にあります。※注記:事業再構築補助金は2024年度で終了し、2025年度から「新事業進出補
助金」として継続されています。2026年度にはものづくり補助金と統合される予定です。
素晴らしい計画があっても、それを実現するパートナー(設計・施工業者)選びを間違えれば、プロジェクトは失敗に終わります。
食品工場建設には特殊なノウハウが必要であり、一般的な住宅やオフィスビルの建設とは求められるスキルが全く異なります。
1.食品工場の施工実績が豊富な企業を選ぶ
業者選定の第一条件は、「食品工場の建設実績が豊富かどうか」です。食品工場特有のHACCP対応、排水処理、防虫防鼠対策、結露防
止などは、専門的な知識と経験則が物を言います。実績の少ない業者に依頼すると、見栄えは良くても、実際の清掃手順やメンテナ
ンス性が考慮されていない設計になるリスクがあります。
候補となる業者のウェブサイトで過去の実績を確認するのはもちろん、可能であれば実際の施工事例を見学させてもらうことをお勧
めします。また、一口に食品工場といっても、食肉加工、水産加工、製菓・パン、飲料など、分野によって求められる設備や法規制
は異なります。自社と同じ業態での施工実績があるかどうかも、重要な判断材料となります。同業者の紹介や口コミも信頼できる情
報源の一つです。
2.設計と施工の分離か一貫か契約形態を決める
建設の発注方式には、大きく分けて「設計・施工分離方式」と「設計・施工一貫方式(デザインビルド)」の2つがあります。それぞ
れのメリットとデメリットを理解し、自社のリソースや優先順位に合わせて選択する必要があります。

近年では、スピード感と責任一元化を重視して、一貫方式を採用するケースが増えています。ただし、その場合は発注者自身がある
程度の知識を持ち、見積もり内容や設計図をチェックする能力、あるいは外部のコンサルタントを入れるなどの対策が求められます。
3.アフターフォローとメンテナンス体制を確認する
工場は「建てて終わり」ではありません。稼働して初めて気づく不具合や、経年劣化による修繕は必ず発生します。そのため、建設
会社の施工能力だけでなく、引き渡し後のアフターフォロー体制も重要な選定基準となります。
緊急時のトラブル対応のスピード感、定期点検の有無、修繕計画の提案力などを確認してください。特に、排水設備や空調設備など
のトラブルは生産停止に直結するため、24時間対応や迅速な駆けつけサービスがあるかは大きな安心材料です。契約前に、保証期間
やメンテナンス契約の内容を詳細に詰め、長く付き合えるパートナーであるかを見極める視点を持ってください。
最後に、多くの工場建設プロジェクトで「やっておけばよかった」と後悔されがちなポイントを紹介します。これらは図面上のスペッ
クだけでなく、実際にそこで働く人の視点や、ビジネスの変化を見据えた視点に関わるものです。
1.現場の声を反映させたレイアウトにする
設計段階で経営陣や設計担当者だけで話を進めてしまい、現場の意見を取り入れなかった結果、使いにくい工場になってしまうケー
スは後を絶ちません。「コンセントの位置が悪くて機材が届かない」「洗浄スペースが狭すぎて作業効率が悪い」「資材置き場から
ラインまでの距離が遠すぎる」といった不満は、実際に作業する人でなければ気づきにくいものです。
基本設計の段階から、工場長や現場リーダーをプロジェクトチームに参加させ、定期的に図面を見ながら意見を吸い上げる機会を設
けてください。動線のシミュレーションを行う際は、繁忙期の物量や人の動きを想定することが重要です。現場の当事者意識を高め
ることは、新工場稼働後のオペレーション定着を早める効果もあります。
2.将来の増設やライン変更の余地を残す
食品業界はトレンドの移り変わりが激しく、数年後には主力商品が変わっている可能性もあります。現在の生産品目に特化しすぎて、
一切の変更ができないガチガチの設計にしてしまうと、将来の事業変化に対応できず、早期に工場の資産価値を損なうことになりか
ねません。
配管や配線には余裕を持たせ、将来的に設備を追加しやすいようにピットやダクトスペースを確保しておくことが賢明です。また、
間仕切り壁を可動式にする、あるいは変更可能なパネル工法を採用するなど、レイアウト変更の自由度を残した設計を検討してくだ
さい。「現在の最適解」だけでなく、「未来の変更可能性」を含んだ設計こそが、長く稼働し続ける工場の条件です。
この記事の要点をまとめます。
・食品工場の建設期間は構想から稼働まで1.5〜2年を見込み、余裕のあるスケジュールと明確なコンセプト設計を行うことが成功の
鍵となります。
・HACCP対応は必須条件であり、交差汚染を防ぐ一方通行の動線、明確なゾーニング、清掃しやすい内装材の選定を設計段階で徹底
してください。
・業者選びは食品工場の実績を最優先し、イニシャルコストだけでなく将来の維持費や変更の柔軟性も考慮した長期的な視点でパー
トナーを選定しましょう。
食品工場の建設は、多くの予算と時間を要する困難なプロジェクトですが、適切な手順を踏めば、生産性を飛躍的に高め、企業の
成長を加速させる強力な武器となります。まずは自社の理想とする工場の姿をコンセプトとして言語化し、信頼できる専門家に相
談することから始めてみてください。この記事が、あなたの工場建設プロジェクトの確かな一歩となることを願っています。