工場の老朽化が進む中で、多額の修繕費をかけ続けるべきか、それとも思い切って建て替えるべきか、経営者とし
ての判断に迷われていませんか。
建物としての安全性はもちろん、生産効率の向上や従業員の働く環境改善など、工場には多くの課題が直結してい
ます。しかし、建て替えには莫大なコストと時間がかかるため、失敗は許されません。
この記事では、数多くの工場建設プロジェクトに関わってきた視点から、建て替えの適切なタイミングや費用相場、
リノベーションとの比較について解説します。読み終える頃には、自社の状況に合わせた最適な選択肢が見え、具
体的な計画への一歩を踏み出せるようになります。
工場を建て替えるべきかどうかは、単に建物が古いというだけでなく、経営戦略や安全管理の観点から総合的に判
断する必要があります。適切なタイミングを逃すと、事故のリスクや生産機会の損失につながる恐れがあります。
ここでは、具体的にどのような兆候や状況が建て替えのサインとなるのかを解説します。
1.建物の老朽化と耐震性の不足
最も直接的なきっかけとなるのは、建物の物理的な限界と安全性の欠如です。特に1981年以前の旧耐震基準で建て
られた工場は、大地震の際に倒壊するリスクが高く、従業員の命や高価な設備を守るために早急な対策が求められ
ます。
雨漏りが頻発したり、壁や床にひび割れが目立つようになったりした場合、部分的な修繕では追いつかないケース
が多々あります。また、配管や電気設備などのインフラ部分が劣化していると、漏電火災や生産ラインの突然停止
といった重大なトラブルを引き起こす原因となります。建物の維持管理費が年々増大している場合は、建て替えに
よってランニングコストを下げたほうが、長期的には経済的メリットが出る可能性が高いです。
2.生産効率の低下とレイアウトの限界
事業の成長に伴い、既存の工場レイアウトが生産効率の足かせになっている場合は、建て替えを検討すべき重要な
タイミングです。つぎはぎの増築を繰り返した工場では、動線が複雑になり、無駄な運搬時間や在庫スペースの不
足が発生しがちです。

このように、現在の建物の制約によって生産性が頭打ちになっているのであれば、ハードウェアそのものを刷新す
ることで、劇的な効率改善が見込めます。
3.事業承継や新規事業への転換期
経営体制の変更や新しいビジネスへの挑戦も、工場を新しくする絶好の機会です。事業承継のタイミングで工場を
新しくすることは、後継者にとって負の遺産(老朽化した設備)を残さず、新しいスタートを切るための強い後押
しとなります。
また、従来とは異なる製品を作る場合、必要な衛生基準や温度管理環境が大きく変わることがあります。例えば、
HACCP(ハサップ)への対応が必要な食品工場や、クリーンルームが必要な精密機器製造などへ業態転換する場合、
既存工場の改修では対応しきれないことが少なくありません。企業のブランドイメージを刷新し、採用活動を有
利に進めるためにも、近代的で魅力的な工場への建て替えは有効な投資となります。
経営者にとって最大の悩みどころは、莫大な投資が必要な「建て替え」か、コストを抑えられる「改修(リノベー
ション)」かという選択です。両者には明確なメリットとデメリットがあり、工場の現状や将来のビジョンによっ
て正解は異なります。ここでは比較検討するための重要な軸を整理します。
1.目的とコストによる判断基準
判断の第一歩は、現状の課題が「建物の骨組み」に関わるものか、「内装や設備」に関わるものかを見極めること
です。建物の構造自体に問題がなく、レイアウトや設備の更新だけで課題が解決するのであれば、改修のほうがコ
ストを圧倒的に抑えられます。
一方で、耐震性能の不足や、柱の位置が邪魔でライン変更ができないといった根本的な構造の問題がある場合は、
建て替えが適しています。コスト面では、一般的に建て替えは改修の2〜3倍以上の費用がかかると言われています
が、改修を繰り返しても数年後に建て替えが必要になるようであれば、最初から建て替えたほうがトータルコスト
(ライフサイクルコスト)は安くなる場合があります。

2.工期と操業への影響の違い
工事期間中の生産をどう維持するかは、製造業にとって死活問題です。建て替えの場合、既存工場の解体から基礎
工事、新築工事まで行うため、工期は半年から1年以上と長期にわたります。その間、仮工場への移転や生産調整が
必要となり、これに伴う引っ越し費用や機会損失も考慮しなければなりません。
改修の場合は、エリアを区切って工事を行う「居ながら施工」が可能なケースが多く、生産を完全に止めずに進め
られるメリットがあります。工期も数ヶ月程度で済むことが多いため、ビジネスのスピード感を損なわずに環境を
改善できます。ただし、工事中の騒音や振動、粉塵対策が必要となり、施工管理の難易度は上がります。
3.法的制限と既存不適格の解消
見落としがちなのが、建築基準法などの法的な制約です。現在の建物が建てられた当時と法律が変わっており、現
在の法律に適合していない「既存不適格建築物」である場合、大規模な増改築を行うには、現行法規に合わせて建
物全体を改修する必要があります。
例えば、耐震補強や防火設備の追加などが義務付けられ、想定外のコストがかかることがあります。建て替えであ
れば、最初から現行法規に適合した設計を行うため、こうした法的リスクをクリアにした状態で資産を保有できま
す。また、敷地に対する建ぺい率や容積率に余裕がある場合は、建て替えによって床面積を増やし、生産能力を拡
大することも可能です。
工場建て替えの予算を組む際、最も気になるのが費用感です。工場の建設費は、用途や導入する設備、地盤の状態
によって大きく変動しますが、目安となる相場を知っておくことで資金計画が立てやすくなります。ここでは、主
費用の内訳と相場観について解説します。
1.構造別の坪単価と建築費の目安
建築費の大部分を占めるのが本体工事費であり、これは採用する構造によって坪単価が大きく異なります。近年は
資材価格や人件費の高騰により、相場は上昇傾向にあります。
一般的なシステム建築(あらかじめ部材が規格化された工法)を採用する場合、坪単価は比較的安価に抑えられます。
一方、重量鉄骨造や鉄筋コンクリート造(RC造)は耐久性が高い反面、コストも高くなります。

これはあくまで本体工事の目安であり、特殊な空調設備やクリーンルーム、排水処理施設などが必要な場合は、設
備工事費が別途大きく加算されます。
2.設計費や諸経費などの付帯費用
建築本体工事以外にも、様々な「ソフトコスト」が発生することを忘れてはいけません。設計・監理料は、一般
的に工事費の10%~20%程度が相場とされています。設計事務所に依頼するか、設計施工一括のゼネコンに依頼
するかで、この費目の見え方は変わりますが、必ず発生するコストです。その他にも、建築確認申請の手数料、
近隣への説明会費用、地鎮祭や上棟式の費用、登記費用、不動産取得税などの税金がかかります。これら諸経費
として、総工費の10%〜20%程度を見込んでおくのが安全です。資金計画がギリギリだと、工事途中の仕様変更や
予期せぬ出費に対応できなくなるため、余裕を持った予算組みが不可欠です。
3.解体工事費と仮工場への移転費用
建て替え特有の費用として、既存建物の解体費と、工事期間中の移転費があります。解体費は構造やアスベスト
の有無によって変わりますが、鉄骨造で坪あたり3万〜5万円、RC造で坪あたり5万〜8万円程度が目安です。地中
から古い杭や埋設物が出てきた場合、撤去費用が追加でかかることもあります。
また、生産を止めないためには仮工場を借りる賃料や、機械設備の移設費、運搬費も必要です。これらのコスト
は「建設費」には含まれませんが、プロジェクト全体のお金としては非常に大きなウェイトを占めます。場合に
よっては、同じ敷地内に余裕があれば、新工場を建ててから旧工場を解体する「ローテーション施工」を行うこ
とで、仮移転の費用を削減できることもあります。
工場の建て替えは投資額が大きいため、国や自治体の支援制度を上手く活用することで、実質的な負担を大幅に
軽減できる可能性があります。要件は年度によって変わりますが、代表的な制度を知っておくことは重要です。
1.中小企業新事業進出補助金(旧・事業再構築補助金)の活用可能性
※2025年度から事業再構築補助金は「中小企業新事業進出補助金」に移行しました。
新しい領域の事業へ進出する中小企業を支援する「中小企業新事業進出補助金」は、工場の建て替えにも利用で
きる可能性があります。単なる老朽化対策の建て替えでは対象になりにくいですが、新分野展開や業態転換を伴
う建築費であれば、補助対象となるケースがあります。例えば、自動車部品の製造から、成長が見込まれる航空
宇宙産業部品の製造へラインを転換するために新工場を建てる、といったシナリオです。採択されれば数千万円
から最大5億円規模(最大9,000万円、大幅賃上げ特例適用で最大5億円)の補助が受けられるため、自社の計画が要
件に合致するか、早めに専門家や認定支援機関に相談することをお勧めします。
2.省エネ関連や自治体の助成制度
環境配慮型の工場へ建て替える場合、省エネに関連する補助金が活用しやすくなります。「省エネルギー投資促
進・需要構造転換支援事業費補助金」などは、エネルギー効率の高い生産設備やユーティリティ設備を導入する
際に利用できます。建物そのものだけでなく、空調や照明、コンプレッサーなどの設備費に対する補助が手厚い
のが特徴です。
また、各自治体が独自に設けている「企業立地補助金」や「設備投資助成金」も見逃せません。地域の雇用維持
や経済活性化を目的としており、要件を満たせば数百万〜数千万円の助成金が出る場合があります。工場の所在
地がある都道府県や市町村の商工労働課などのホームページを確認してみてください。
3.優遇税制による資金繰りの支援
直接的な現金の給付ではありませんが、税金の控除や減免も大きなキャッシュフロー改善につながります。「地
域未来投資促進法」や「中小企業経営強化税制」などを活用することで、新しく取得した建物や設備の固定資産
税が減免されたり、即時償却(投資額を経費として一括計上)や税額控除が認められたりします。

これらの適用を受けるには、事前に計画の認定を受ける必要があるため、設計段階から税理士や関係機関と連携
して準備を進めることが大切です。
工場建設は、住宅建設とは比較にならないほど多くの関係者が関わり、複雑な工程を経ます。行き当たりばった
りで進めると、予算オーバーや使い勝手の悪い工場になってしまうリスクがあります。成功の鍵は、着工前の入
念な準備と段取りにあります。
1.基本構想の策定と社内プロジェクト化
まずは「なぜ建て替えるのか」「新工場で何を実現したいのか」という基本構想(コンセプト)を明確にします。
経営層だけで決めるのではなく、現場の工場長や製造スタッフの意見も取り入れ、現状の課題を洗い出すことが
重要です。社内に「建設プロジェクトチーム」を発足させ、専任または兼任の担当者を決めましょう。
通常業務と並行して進めるのは負担が大きいため、タスクの管理や定例会議の運営を主導できるリーダーが必要
です。この段階で大まかな予算規模、スケジュール(いつ稼働開始したいか)、必要な生産能力の目標値を設定
します。
2.敷地調査と法的規制の確認
次に、建設予定地の法的条件を詳しく調査します。自社の敷地であっても、用途地
域によって建てられる工場の規模や種類に制限がある場合があります。また、前面道路の幅員によっては大型車
両の搬入に制限が出たり、地盤調査の結果によっては高額な地盤改良工事が必要になったりします。特に注意が
必要なのが「土壌汚染」です。長年工場として稼働していた土地では、特定有害物質が使用されていた履歴があ
る場合、調査や浄化対策が義務付けられることがあります。これが発覚すると、工期が数ヶ月遅れるだけでなく、
多額の浄化費用が発生するため、初期段階でのリスク把握が欠かせません。
3.設計・施工会社の選定と見積もり比較
構想が固まったら、パートナーとなる依頼先を選定します。最初から1社に絞らず、複数の会社から提案と見積も
りを取る「コンペ方式」や「相見積もり」を行うのが一般的です。
見積もりを比較する際は、単に「総額が高いか安いか」だけでなく、見積もりの「中身」を精査します。「一式」
という記載ばかりで詳細が不明な見積もりは、後から追加費用が発生するリスクがあります。また、提案された
プランが自社の生産動線を正しく理解しているか、将来の拡張性まで考慮されているかといった、提案の質を重
視してパートナーを決めることが成功への近道です。
工場の出来栄えは、依頼するパートナー(建設会社や設計事務所)の実力に大きく左右されます。しかし、多く
の経営者にとって建設業界の構造は分かりにくく、どこに頼めば良いか迷うポイントです。それぞれの特徴を理
解し、自社のプロジェクトに合った相手を選びましょう。
1.ゼネコンと設計事務所の役割の違い
依頼先には大きく分けて、「設計施工一括方式(ゼネコン)」と「設計監理分離方式(設計事務所+施工会社)」
の2つのパターンがあります。ゼネコン(建設会社)に一括で依頼する場合、窓口が一つになるため手間が少なく、
工期の短縮やコストダウンの提案を受けやすいメリットがあります。責任の所在も明確です。一方で、設計の自
由度がやや制限されたり、工事費の透明性が低くなりやすかったりする側面があります。
設計事務所に設計・監理を依頼し、施工は入札で決める分離方式の場合、こだわりのある設計が可能で、見積もり
の透明性も高まります。設計事務所が施主の立場で工事をチェック(監理)するため、手抜き工事のリスクも減ら
せます。ただし、設計期間が長くなる傾向があり、設計料が別途発生するため、トータルコストやスケジュールの
バランスを見る必要があります。
2.工場建築の実績と提案力の確認
工場建築は、オフィスビルやマンションとは異なる特殊なノウハウが必要です。高電圧の受変電設備、重量物の搬
入経路、排水処理、防爆対応など、製造業特有の要件を理解している会社でなければ、使いやすい工場は作れませ
ん。選定の際は、同業種や同規模の工場実績が豊富かどうかを必ず確認しましょう。実績がある会社なら、「御社
の生産ラインなら、こういった配置のほうが、効率が良いですよ」といった、プロならではの改善提案をしてくれ
るはずです。見学会などを通じて、実際にその会社が建てた工場を見せてもらうのも有効な手段です。
3.アフターフォローと経営視点の有無
工場は建てて終わりではありません。稼働後のメンテナンスや、将来のレイアウト変更にも柔軟に対応してくれる
パートナーが必要です。地域に根ざした建設会社であれば、台風被害や急なトラブルの際にすぐに駆けつけてくれ
る安心感があります。
また、単に言われた通りの建物を建てるだけでなく、「補助金の申請サポート」や「税制優遇のアドバイス」、
「近隣対策」など、経営者の視点に立ってプロジェクト全体をサポートしてくれる姿勢があるかも重要な選定基準
です。建設は長期的な付き合いになるため、担当者との相性や企業の信頼性をじっくり見極めてください。
この記事の要点をまとめます。
•目的の明確化: 耐震性確保か、生産効率向上か、建て替えの目的を整理し、改修と比較検討する。
•コストと資金計画: 建築費だけでなく、解体費や仮移転費、税金も含めた総事業費を把握し、補助金活用を視野に入れる。
•パートナー選定: 工場建設の実績が豊富で、経営視点で提案やアフターフォローをしてくれる会社を選ぶ。工場の建て
替えは、会社の未来を左右する一大プロジェクトです。目先のコストだけでなく、20年、30年先の事業成長
を見据えた投資として判断することが大切です。まずは信頼できる専門家に相談し、概算の計画を立てることから
始めてみてはいかがでしょうか。